みると通信:高齢者(認知症)の方の自動車運転免許(3)
【認知症等の方が自動車運転を行っている場合の対応】
さて、今回は、認知症等の方の運転行動を医学および福祉の観点から考察し、その対処方法を考えてみます。
認知症等による運転行動への影響
認知症等を発症した場合、物忘れなどの認知面での症状や妄想などの精神症状が現れ、その症状によっては運転行動に悪影響を及ぼす場合もあります。
本人の家族や成年後見人等として、本人に運転をやめてほしいと考えているならば、まずは本人にどういった障害がありその結果として運転行動へどういう影響が生じさせているのかを把握することにより、問題解決へとつながる可能性があります。
障害別に運転行動への影響についてまとめてみました。
障害の種別 | 具体的な状態 | 考えられる運転行動への影響例 |
---|---|---|
1.思考の障害 |
被害妄想:他人に何らかのかたちで危害を加えられるという妄想。 |
誰かにスパイされているなどの追跡妄想がある場合は、「車」の運転をして意味もなく逃げ回る。 |
2.思考の障害 |
被害妄想:他人に何らかのかたちで危害を加えられるという妄想。 |
誰かに命を狙われているなどの妄想的確信がある場合は、対象者に他害行動にでる手段として「車」を使う場合もある。 |
3.感情の障害 |
抑うつ気分 |
希死念慮(死にたいと願う強い思い)がある場合は、自殺するための手段として「車」を使う場合もある。 |
4.記銘障害 |
新しいことを記憶の中に取り入れる能力の障害。昔のことはよく覚えているが最近のことが覚えられない。 |
健康であった時に通った道であれば迷うことはないが、発病後にはじめて通った道は覚えることができなくなる。 |
5.意味記憶の障害 |
言葉の意味、物の名前が分からず、会話が通じない。 |
信号が赤だと認知していてもその意味が分からないため、車を止めないなどと、交通ルールを無視してしまう。 |
6.痴呆 |
一度発達した知能が、脳の器質的疾患のため低下 |
説明しても交通ルールが理解でなくなったり、運転操作がわからなくなったりする。 |
7.見当識障害 |
「時間・場所・人物」を記憶し認識する能力を「見当識」といい、その能力が障害される |
運転中に行き先がわからなる、あるいは当初の目的地とは全く別の場所に行ってしまう。 |
8.失行 |
身体的な運動障害がなく、また行うべき行為も了解していながら、一定の行為ができない |
ハンドル操作やギアチェンジ、ブレーキペダルの運転操作が遅れるもしくはできなくなる。 |
9.失認 |
視覚失認:物を見ることはできるが、それがなんであるかの認識ができない。 |
視力検査では問題が見つからない場合が多い。視覚でとらえたものの持つ意味が分からないため道路交通標識に従わないことなどがある。 |
10.失認 |
視空間失認:物の位置関係についての認識の障害 |
駐車や車庫入れが下手になったり、車間距離が短くなる。 |
11.失認 |
半側空間無視:大脳半球の障害によって、障害された大脳半球の対側からの刺激が認識できなくなってしまうこと。(本人は半側を無視しているということに気付かない。) |
左側半側空間無視のケースでは、車で交差点に左折しようとする場合、左側から横断歩道を渡る人や自転車を認識できない。 |
12.人格変化 |
粗暴な行為や短絡的な判断など社会的逸脱行為がみられる。 |
運転技術は保たれるが、交通ルールが守れず無謀な運転をしたりする。 |
13.パーキンソン症候 |
手足の震えや体の固さ、動きの鈍さ。 |
体の動きが遅くなり運転が危険になる。 |
14.その他 |
薬による副作用の影響:様々な精神症状に対する処方薬の副作用により、眠気やボーとする。 |
運転中に注意散漫になったり、居眠り運転をする。 |
認知症等で運転行動に悪影響を及ぼした場合の対応
認知症等を発症した場合、その起因となった疾病によって、様々な障害が現れます。特に身体的な障害がなく本人も病気であるという認識ができない場合もみられます。結果として多くの認知症等患者さんが発症後も運転を継続し、家族が対応に苦慮しているケースがあると思います。疾病の進行に伴って、安全な運転を続けることが徐々に難しくなっていきます。認知症等が発症しているのが分かれば、軽微な違反や事故を起こした段階で、本人の安全を確保するためにもできるだけ速やかに対応すべきでしょう。
とはいえ、本人には運転をすることの目的や意味があるはずです。本人の家族や支援者であれば、なぜ車の運転を必要とするのか、「本人のニーズ」をしっかりと理解することに努めましょう。そうすることにより、運転行動を回避する糸口が見つかるかもしれません。
たとえば、車が仕事に必要なのか・通院に必要なのか・買い物に必要なのか……、はたまた車の運転が楽しみや生きがいになっているのか。人によってその理由はさまざまです。その上で、本人にはどういった障害があるのか、またどういった「残存能力(セルフケア能力)」があるのかをアセスメントしてください。
その結果として、「車の運転」をキーワードに、認知症を発症した本人や家族のライフスタイル全般をあらためて見直す必要があります。
上記の表<障害別の運転行動>をもとに、具体的に考えてみます。
たとえば、4.「記銘障害」がみられる方が、車の運転の目的が買い物で、医学的な見立ての結果、記銘力障害があるのみで運転技術に問題がなければ、自宅から行きつけのスーパーの往復だけであれば車の運転は問題ないかもしれません。しかし、近くであっても最近オープンしたスーパーが特売をしたからといって、買い物を頼んでも全く別の場所に行ってしまうといった問題が考えられます。
また、7.「見当識障害」があるのであれば行き先を書いた紙を持ってもらうとか、車で出かけるときは必ず誰かが同行するなどするとよいかもしれません。
ただ、実際は、車の運転を制限・禁止することを考えざるを得ない場合のほうが多いかもしれません。
もし、一人暮らしや高齢者のみ世帯で、日用品の買い物のためだけに車が必要であれば、車を使わずとも日用品が購入できる工夫をしましょう。地域には、生協などの宅配サービスや、高齢者向けのタクシーチケットの配布や買い物などの外出支援をするヘルパーサービスがありますので、そのような事業所を利用するとよいでしょう。
本人が、なかなか障害や病気の受け止めができない人で、家族からの説得では難しい場合は、主治医や行政の保健師等の専門職から説得してもらったり、本人が信頼をおいている方から話しをしてもらう事も有効です。一つの例として、本人の人間関係のアセスメントの結果、家族の言うことは聞かないが、前職場の上司を信頼していることが分かり、その上司の方から説得してもらうと案外、素直に了解してもらえるといったケースが考えられます。
ただし、3.「感情の障害」のように自殺企図などの自傷行為や、2.「思考の障害」のように他者の生命・財産などに害をおよぼす他害行為があるなど急迫した場合もあります。その時には、前回のコラムで紹介した精神科病院への強制的な入院といった方法を検討し、制度を使わざるを得ない状況におかれるかもしれません。
どのようなケースにしても、運転する人が認知症等を発症している疑いがあり、運転行動に悪影響を及ぼしている場合は、家族だけで問題を抱え込むのではなく、地域包括支援センターなどの行政の福祉関係の相談窓口や医療機関、精神保健福祉センターなどに相談することが大切です。
全3回にわたり法律・医学・福祉の面より高齢者(認知症)のかたの自動車運転について考えてきましたが、このことについては容易な解決方法があるわけではなく、明確な答えの無い難しい問題であることは間違いありません。こうした問題で悩まれている方々が少なからず存在し、今後増え続けるであろうことが予想されるいま、さまざまな分野の専門家や関係者が協力しあい、問題解決へ取組んでいくことが重要であると考えます。