みると通信:認知症高齢者の鉄道事故~第1回~
民法は、故意または過失によって他人に損害を与えた場合、損害を受けた人に対して賠償する責任を定める一方、責任能力がない人が他人に損害を与えた場合、その人を監督する義務のある人が損害を受けた人に対して賠償する責任を負うと定めています。
この民法の定めは、何らかの落ち度で他人に損害を与えた場合でなければ賠償義務を負わないことを意味する(過失責任の原則といいます。)一方で、年端もいかない未成年者や認知症・精神障害等によって物事の善し悪しの判断ができない判断能力がない人たち(責任無能力者といいます)が責任を負わないとすると、そのような人から損害を受けた人たちを救うことができないことになってしまいます。
そこで、責任無能力者を監督すべき義務がある人(例えば親権者・同居の家族や後見人等)に損害を賠償する責任を負わせることで被害者の救済を図ろうとしています。
この監督義務者に対する賠償責任をめぐって見過ごすことができない判決(平成26年4月24日、名古屋高等裁判所判決)が出ましたので紹介します。
認知症の高齢者を在宅で介護する家族にとって、恐れていた判決がついに出されたという感じです。
事件概要
平成19年12月、愛知県大府市で認知症の91歳男性が徘徊の果てにJR東海道線の駅構内の線路内に入り、走行してきた電車にはねられ死亡した事故をめぐり、JR東海が男性の遺族に損害賠償(輸送代行費用等)を求めたという事件。
91歳男性に関する認知症や介護の状況
平成14年10月にアルツハイマー型認知症を発症し、同19年2月には認知症により要介護4の認定を受け、日常生活に支障をきたすような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁に見受けられ、障害高齢者の日常自立度(寝たきり度)では生活自立(ランクJと思われます)であるものの常時介護が必要で、常に目を離すことができない状況でした。男性には外出願望があるものの、外出しようとする際には「俺の鞄はどこだ」等と声をかけていたため、ほとんどの場合、徘徊することを阻止できていたようですが、家族が気づかず徒歩やタクシーで外出し、保護されたことが2度あったようです。なお、介護サービスに関してはデイサービスを利用していたようです。
賠償責任を認められた男性の妻の状況
事故当時85歳で日常の意思決定は特に問題がないものの、左右下肢に麻痺拘縮があり、立ち上がりや歩行には杖などによる補助が必要で、平成18年1月には要介護1の認定を受けています。妻は、夫との二人暮らしでありましたが、独立している長男やその配偶者らの補助や援助を受けながら、夫の生活全般に配慮し介護を行っていました。また、要介護1の認定を受けた後は長男の妻が日中両親の家に通って義母に代わって義父の面倒を見ていて、夜間を除いて長男の妻が義父在宅中の介助としての役を果たしていました。
老夫婦が住む家は、元は自宅兼たばこ店で、店舗出入口には来客用の事務所センサーが設置されていましたが、事故当日はセンサーのスイッチが切られていたこともあって、男性が外出することに妻も嫁も気づきませんでした。その結果、男性がどのような経過をたどったかは不明ですが、○○駅構内の線路上に入り込み、電車にはねられ死亡したというものです。
認知症により判断能力がない状態で他人(今回はJR東海)に損害を与えたとき、その損害を家族が賠償する必要が出てくるとすると次の2つの場合が考えられます。
1つは、認知症の男性が今回のような事故を起こすことを予め予見できたにもかかわらず、徘徊を防止することをしなかったために事故が起きてしまったような場合(「過失責任」といいます。)です。
もう1つは、事故を予見できたか否かとは無関係で、その家族が判断能力のない男性の監督義務者であった場合(「無過失責任」といいます。)です。
2つ目の場合はその監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべき場合には責任を免れるという例外規定がありますが、そのハードルは一般的には高いといわれています。
典型的な過失責任の例としては、おじいちゃんが認知症で判断能力がなくなっても車の運転を続け、度々道路を逆走したりするために家族が車のキーを管理し、車の運転をさせないようにしていたにもかかわらず、家族の誰かがおじいちゃんに車のキーを渡して運転することを許し、おじいちゃんが逆走事故を起こしてしまったような場合で、運転を許せば逆走事故が起きることを想定できたにもかかわらず、鍵を渡してしまった人に過失があったとして責任を負うこととなる過失責任です。
これに対して無過失責任は、認知症で判断能力がなくなってしまったおじいちゃんが同居し介護に当たっているおばあちゃんの目を盗んで車を運転して逆走事故を起こしたような場合、おじいちゃんを監督すべき義務があったおばあちゃんが負うこととなる責任(責任無能力者の監督義務者の責任)です。
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