みると通信:成年後見制度とアドボカシー【第1回】

はじめに

今回は「成年後見制度とアドボカシー」についての理解を深めてもらうことを目的に、

  •  第1回「アドボカシーの概要と成年後見制度」
  •  第2回「ケースアドボカシーについて~成年後見制度における実践事例~」
  •  第3回「システムアドボカシーについて~成年後見制度における活動例~」

と題して三回シリーズでお届けします。

第1回「アドボカシーの概要と成年後見制度」

「アドボカシー」という言葉を聞いたことがありますか?

日常生活の中では耳慣れない言葉だと思いますが、ノーベル平和賞を受賞したマララさんや、 エボラ熱で活躍している国境なき医師団のことは聞いたことのある方が多いと思います。 パキスタン人のマララさんは、「1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます。」と国連でスピーチを行い、教育を受ける権利と大切さを世界中に訴えました。彼女は、「女性の教育を受ける権利」を訴える活動を行っています。また、国境なき医師団は、医療を提供するだけでなく、活動地の現状報告や患者の人々の声を届け、人間としての尊厳を脅かされた人々の証言を代弁し、世界に広く訴える活動を積極的に行っています。
こういった人権を脅かされ、社会的に不利益を被っている人たちの声や現状を代弁し、社会に働きかける活動もアドボカシーといわれる活動の一つです。

アドボカシーは、1980年代以降、アメリカやイギリスで発展してきた活動で、「主張」「弁護」「権利擁護」と訳されることが多いようです。現在では社会福祉援助活動の一つ(権利擁護活動)として、日本でもその考え方や、活動の幅が広がってきています。 女性、高齢者、障害者、こども、貧困者といった人たちは、社会的に不利益を被りやすい人たちです。自らの権利を主張することが困難だったり、守られるべき権利を知らなかったりすることもあります。
こういった個人や集団の人権が脅かされている場合、周囲に意識を喚起し、権利や回復の実現を促していくのに必要な活動といえます。

アドボカシー活動には、大きく分けると、

  •   社会に働きかけるもの  システム(クラス)アドボカシー
  •   個人に働きかけるもの  ケースアドボカシー

があります。

  前述した2つの活動は、システムアドボカシーと呼ばれるものです。日本でも、ホームレス支援や子育て支援をはじめ様々な社会問題に取り組むNPO団体やNGO団体の間で、アドボカシー活動が広く行われるようになってきました。社会的に不利益を被っている人たちの声を代弁し、制度の不備や、地域格差を解消するために、行政や社会全般に提言活動を行っています。社会問題を解決するために、国や自治体に働きかけることは、社会全体を変えていく可能性があります。

ケースアドボカシーは、個人の権利を守るために、個人を対象とした活動のことです。本来利用できるはずの制度やサービスを知らなかったり、知っていても自分で行使するのが難しい人たちに適切な支援を行っていきます。

アドボカシーを「権利擁護」という視点で捉えると、アドボカシーと成年後見制度は密接な関係にあります。高齢者や障がい者は、消費者被害や虐待といった権利侵害にあいやすく、また自分が被害にあっていることに気づいていなかったり、気付いていても一人で解決することが困難な場合があります。成年後見制度は、こういった判断能力が不十分な人たちに対する財産管理と身上監護を行います。つまり、制度として権利擁護の取り組みを行うという側面をもっていると考えられます。

「権利擁護」には、虐待や経済的被害、機会のはく奪、不当な扱い、差別や中傷から守るという権利侵害からの保護といった意味合いがあります。また、大きな視点で捉えるなら、その先にある「本人らしい生活を支える」といった意味合いを含んでいると思われます。これは、自分にとってのあるべき生活を送るために、社会資源を利用し、周囲との関係を築き、支え合いながら生活するといった自己実現を目指していくということにつながります。そして、自己実現を支援していくためには、本人の意見を尊重しながら、必要に応じて代弁していくことが求められます。
つまり、成年後見制度においては、成年後見人が、アドボケイター(アドボカシーを行う人)として、権利擁護活動を行い、自己実現のために周囲に対して代弁、交渉していく役割を担っていると考えられます。

認知症や知的障害、精神障害により判断能力が不十分な人たちが、自己決定や自己実現を行っていくことは高いハードルのように思えるかもしれません。初めは支援者に対して依存的であったり、権利侵害に気づいていなかったりする場合もあります。そのような場合であっても、保護的に関わるのではなく、本人の意思を尊重しながら、できる限り、本人自らが希望や権利を訴えていけるよう促していくことが大切です。当事者は、主体性を尊重され、ともに行動することで、自分の権利を主張し、人生を取り戻すことの大切やその方法を学んでいくことが期待されます。アドボカシーは、単に支援者が本人に代わって代弁したり、決定したりするのではなく、その人本人が持っている強さや力に着目し、それらを強化・回復していけるよう関わること(エンパワメント)が大切だと思われます。

実際には、成年後見活動において、自己実現のためのアドボカシーを意識し、支援活動を行っていくことは長く険しい道のりです。うまくいくことばかりではありません。現実との折り合いをつけながら、迷ったり、あきらめたりすることもあります。そういった場合も、本人の心の迷いに付き合いながら、一緒に考え、歩んでいくことが大切なのではないかと思います。  成年後見制度はアドボカシーを支える重要な制度の一つですが、全てをカバーできるわけではありません。また、成年後見制度の対象者以外にも、まだまだ社会の中には、多くの権利侵害が起きています。一人一人が、そのような現実から目を背けることなく、身近なアドボカシーを実現していける社会が訪れて欲しいと思います。