やむを得ない事由による措置とは【第2回】
前回は、措置から契約への号令の下、老人福祉法や身体及び知的障害者福祉法の中に規定される措置を行う前提として「やむを得ない事由」のあることが必要となったことや、その「やむを得ない事由」とはどのような場合を指すのかについて検討してきましたが、今回は、「やむを得ない事由による措置」の法的性質について検討してみたいと思います。
ところで、措置の法的性質について明確に論じている論文等は極めて少なく、あっても措置が行政処分(本人の権利を制限したり、新たに義務を課したりするもの)に当たるか否か等に関するものがほとんどです。
しかし、精神保健福祉法上の措置入院の場合と異なり、「やむを得ない事由による」措置は、直接的、間接的にも本人の意思に反して強制できないことは憲法上(13条や18条)からも明らかですから、そもそも行政処分性について議論する意味は少なく、措置すべきか否かについて行政側に一定の裁量を認める給付行政そのものだと理解すべきです。ただし、措置権を行使すべきか否かについては、行政の自由裁量ではなく、措置すべきやむを得ない事情があり、かつ、緊急性があるにもかかわらず、行政が措置権を行使しないという場面では、何もしないこと(不作為)の違法性が問題となってくるという意味で、権限行使が必要となる場合がある裁量(羈束(きそく)裁量)だと理解してよいと思います。
ところが、障害者虐待防止法や高齢者虐待防止法が制定され、虐待を受けている障害者や高齢者の生命や身体に重大な危険が生じているおそれがある場合には、適切に「やむを得ない事由による措置」を行うことが明記されたことから、このような場合、本人の意思に反したとしても措置することができるのではないかという意味で、再び措置の行政処分性が議論されるようになりました。
確かに虐待を行っている擁護者と共依存の関係にある本人が、生命に危険を及ぼすおそれのある虐待(不作為を含め)を受けているにもかかわらず行政の関わりを拒否したり、そもそも判断する能力がないような場合に本人の意思に反して、または同意なしにでも虐待を行っている擁護者から分離し(ショートステイ等の利用)、本人の安全を確保する必要があるように思われます。しかし、だからといって、老人福祉法や身体障害者福祉法・知的障害者福祉法に定める「やむを得ない事由による措置」全体の法的性質を行政処分であると理解する必要はなく、虐待を受けている本人の生命等に差し迫った危険性があるのであれば、緊急避難が必要な場合であるとして対応すればよいことだと思います。
ところで、「やむを得ない事由による措置」を行政の権限行使が必要となる場合のある裁量行為だと理解するにしても、それだけでは措置全体の構造をとらえることはできません。というのも、行政裁量といっても、それはあくまでも要支援者と行政との関係にすぎず、措置先となる事業所等と要支援者や行政との間の関係にまで触れたことにはならないからです。
そして、この三者間の関係を法律的に説明しようと思えば「第三者のためにする契約」であると理解するほかないように思います。
「第三者のためにする契約」とは、民法537条に規定されていますが、これを措置の場合に当てはめてみると、行政と福祉サービス事業所との契約で、事業所が要支援者本人に対してサービスを提供する約束をした場合に、本人が直接事業所にサービスの提供を求める権利を取得するというものです。
つまり、契約の当事者は、行政と事業所で、事業所は本人にサービスを提供する義務を負う一方、行政は事業所に対して、その対価(措置費)を支払う義務を負うことになるわけですが、法律による行政という縛りがある関係で、各福祉法の中にそれを可能とする規定を置いているものと思われます。
措置における三者間の関係を「第三者のためにする契約」であると理解すれば、要支援者本人が事業所からサービス提供を受けることを拒否した場合、行政と事業所との間の契約の効力は生じないこととなり、本人の意思に反した措置はできないとの一般的な理解とも合致することになります。
ちなみに、精神保健福祉法の医療保護入院や措置入院においても契約の当事者を保護者(医療保護入院の場合)や行政(措置入院)と医療機関とする「第三者(精神障害者本人)のためにする契約」と理解することができます。ただし、精神保健福祉法上これらの場合に本人の同意は必要ではないこととされており、本人の意思に反しても入院させることができるのですが、この入院制度は、社会防衛的な制度とはいえ、「犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」とする憲法18条に違反している疑念を捨てさることができません。
以上をまとめると、老人福祉法や身体障害者福祉法・知的障害者福祉法に定める「やむを得ない事由による措置」の法律的な性質は、行政の「第三者のためにする契約」を締結する羈束裁量行為ということになるものと考えて間違いはないと思います。