虐待防止法と行政不作為~市に対し約400万円の損害賠償責任を認めた裁判(大津地裁平成30年11月27日判決)
障害者虐待防止法では、国及び地方公共団体の責務として、「障害者虐待の予防及び早期発見その他の障害者虐待の防止、障害者虐待を受けた障害者の迅速かつ適切な保護」(4条1項)が定められています。具体的には、虐待の届出を受けたとき、市町村には、事実確認や関係機関との連携を取る義務(9条1項)、生命身体に重大な危険が生じているおそれがある場合は一時保護などの措置を取る義務(9条2項)、養護者に対する相談、指導及び助言(14条1項、32条2項2号)などが定められています。
今回は、障害者が、地方自治体に対し、障害者虐待防止法に基づく義務を怠ったとして損害賠償請求をし、裁判で請求の一部認められた事案をご紹介しましょう。
原告は、交通事故により高次脳機能障害等の後遺障害が残存した男性です。この男性には妻子があり、妻が保佐人に選任されていました。原告は、保佐人である妻から、暴行、暴言等の身体的、心理的虐待を受け、交通事故に関し、受領した損害賠償金を無断で使用される経済的虐待を受けていることについて、O市の障害福祉サービスの担当者に相談をしていました。O市は、原告を障害者一時保護所に入所させましたが、翌日には自宅に戻していました。O市は、保佐人である妻には通帳を管理する代理権がないことを確認したり、原告が障害者支援施設に入所するに先立ち、原告の通帳の写しを受領したり、多額の出金について弁護士に相談したりしていましたが、銀行口座の出金停止がされたのは、O市の担当者が相談を受けてから1年7か月後でした。出金停止がされるまでの1年7か月間に銀行口座からは2000万円以上が引き出されていて、保佐人である妻やその両親による浪費であると原告は主張していました。原告は、①O市が虐待の届出を受理すべき義務を怠って更なる虐待を惹起したとして慰謝料100万円、②障害者虐待防止法に基づく行政指導を行わなかったため、経済的虐待が継続し原告の財産が散逸したとして、不当に払い戻された預金額約2000万円などの損害賠償を請求しました。
裁判所は、①、②のうち、②の一部について以下のように判断して、請求を認めました。
① について
原告がO市の担当者に相談したことは障害者虐待防止法9条の障害者の虐待の届出にあたるが、O市がそれを届出として扱っていないことに争いはありません。しかし、裁判所は、O市が同条1項の事実確認や協議を行っているから、1項に規定する措置を怠った違法はないとして慰謝料は認めませんでした。
② について
原告は、O市の義務として、障害者虐待防止法32条2項2号に基づき、保佐人である妻には財産管理の代理権がないことを伝え、銀行に出金停止の依頼ができることを助言するなどの行政指導をすべきであったと主張していました。O市が通帳を見て、継続的に月平均100万円の出金を確認し、対応について弁護士に相談しているころには、財産散逸の危険が現実に差し迫っていることを認識できたとして、出金停止についての助言をすべき義務があったと認定して、O市の責任を認めました。もっとも、相談時点や通帳を確認した時点では、そこまでの義務はないとして、義務が発生した時点を原告主張より遅く認定しました。そのため、原告の請求額約2000万円のうち約398万円が認められています。
なお、当事者が控訴している模様ですので、この判決はまだ確定していません。
市が相談を受けただけや、通帳を別の目的で確認した程度では、何らかの措置を講じる義務までは認められていません。しかし、具体的危険性を認識できた場合は、出金停止は簡易かつ迅速に財産散逸を阻止することができることなどから、出金停止を助言する義務を認めてよいと判断している点は、重要な先例といえるでしょう。
地方自治体が障害者虐待防止法に基づき、障害者に対し具体的な注意義務を負うことを明確にした点で注目されます。
障害者が経済的虐待による被害を証明できたとしても、加害者は既に搾取した金銭を費消していることが多く、加害者からの回収は見込めないことも多いでしょう。地方自治体に対する請求は当然検討すべきこととなります。今後は、後見人による経済的虐待が疑われた場合に、地方自治体が速やかに対応すべきとして責任が問われる事案が増えるかもしれません。
もっとも、事実経過をみると、市の責任だけでなく家庭裁判所の対応について気になることがあります。数千万円の賠償金が支払われる予定であることが分かっていて、成人したばかりの若い妻を保佐人に選任したことに問題はなかったのか、選任後の家庭裁判所の監督はどのようなものであったのかなど疑問が残ります。
経済的虐待が疑われる場合、関係機関は、早期に家庭裁判所に相談して、問題を抱え込まないことも肝要だと思います。